福岡高等裁判所 昭和61年(行コ)3号 判決 1991年12月26日
控訴人ら
別紙第一の控訴人及び処分目録の「控訴人氏名」欄及び「住所」欄記載のとおり
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
1 原判決中、控訴人ら関係部分を取り消す。
2 被控訴人が控訴人らに対してした別紙第一の控訴人及び処分目録(略)「処分」欄記載の各懲戒処分(処分日は別紙第二の処分日目録記載のとおり)を取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張は、次のとおり読替え、加除し、改めるほか、原判決事実摘示中、控訴人ら関係部分と同一であるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所は、控訴人らの請求は失当として棄却すべきであると判断するが、その理由は次のとおり読替え、加除し、改めるほか、原判決(本誌四六八号(以下同じ))がその理由で説示するとおりであるから、これを引用する(1~6略)。
7(一) 原判決b二九頁六行目冒頭(22頁4段32行目)から同三三頁一三行目末尾(23頁4段26行目)までを次のとおり改める。
「(一) 地公法三七条一項が憲法二八条に違反するとの主張について
地方公務員も自己の労務を提供することにより生活の資を得ているものである点において一般の勤労者と異なるところはないから、憲法二八条の労働基本権の保障は地方公務員にも及ぶと解すべきである。ただ、この労働基本権は勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、次に詳述するとおり、勤労者全体を含めた地方住民ないし国民全体の共同利益の見地からする制約を免れない。
地方公務員は地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有するものであって、地方公務員が争議行為に及ぶことは、右のような地位の特殊性と職務の公共性と相容れないばかりか、そのために公務の停廃を生じ、地方住民全体ないし国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、その虞れがあること、また、地方公務員の身分、任免、職務その他の勤務条件が、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によって定められ、その給与が地方公共団体の税収等の財源によってまかなわれるところから、専ら地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によって決定されるべきである点において、私企業における労働者の場合のように団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も団体交渉の裏付けとしての本来の機能を発揮する余地に乏しく、かえって地方公共団体の議会における民主的な手続によってされるべき勤務条件の決定に不当な圧力を加え、これをゆがめる虞れがあることなどを考慮すると、地方公務員の労働基本権が、地方公務員を含む地方住民全体ないし国民全体の共同利益のために、これと調和するように制限されることも十分合理的な理由がある。
ただ、地方公務員の労働基本権が憲法上保障されている趣旨からして、地方住民全体ないし国民全体の共同利益のために制約を受ける場合においても、その間の均衡が保たれている必要があり、右制約に見合う代償措置が講じられなければならないところ、地公法上、地方公務員にも勤務条件に関する利益を保障する定めがなされているほか、中立的第三者的な立場から地方公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機構としての基本的構造を持ち、かつ必要な職務権限を与えられている人事委員会または公平委員会の制度が設けられており(地公法七条ないし一二条、二六条、四七条、五〇条)、制度上右の制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしていると認められる。
以上によると、地方公務員の争議行為を一律に禁止した地公法三七条一項の規定は地方住民全体ないし国民全体の共同利益の為のやむを得ない措置として、それ自体としては憲法二八条に違反するものではないといわなければならない(最高裁判所昭和五一年五月二一日大法廷判決、刑集三〇巻五号一一七八頁参照、以下「五・二一判決」という。)。
控訴人らが縷々主張するところは右の見解に反し、いずれも採用できないが、これを若干敷衍すると、次のとおりである。
控訴人らは、地方公務員の職務の内容は多種多様であり、「職務の公共性」ということですべての地方公務員の争議行為を一律に禁止することは不合理である旨主張する。確かに地方公務員の職務の内容が多種多様であり、なかには民間企業と競合する職種もあるが、そのような場合でも、その職種の円滑、安定的な遂行の確保など地方住民ないし国民全体の共同利益の観点からこれを公務としてとりこみ、これに従事する者の給与等を法定して保障していることを考慮すると、基本的な職務の公共性の点で共通するものがあり、公共性の程度に強弱の差があるにしても、職務の公共性のほか前記観点(勤務条件法定主義、財政民主主義、代償措置)からする労働基本権の制約もなお合理性を失っていないというべきである。
また、控訴人らは、地方公務員の給与等の勤務条件はその大綱が条例で定められるとしても、細目に至るまで議会で定めなければならないものではなく、また、地方公務員の団体交渉、争議行為は議会に対して向けられているものではなく、使用者である行政当局に向けられているものであって、議会に対する不当な圧力とはならないから、勤務条件法定主義、財政民主主義なるものを根拠に地方公務員の労働基本権を制約するのは失当であると主張する。確かに、勤務条件のなかには、法律や条例により議会から行政当局の裁量に委ねられているとみられる事項もあり、これらについては行政当局と公務員労働者間の団体交渉による決定、あるいは行政当局の決定にのみ向けられた影響力の行使のための争議行為ということも観念的には有り得るが、実際には右のような団体交渉ないし争議行為による影響力が行政当局にのみ向けられ、議会に及ぼされないということは考えにくいことであって、一般的には議会に対する不当な圧力を加える虞れがあるといわざるを得ず、地方公務員の勤務条件に関する利益保障のため前記のような代償措置を設けて労働基本権を制約し、議会における自由な審議を確保しようとしたことも不合理とはいえない。
次に地公法の定める人事委員会または公平委員会が、その勧告に拘束力がないなど制度的に不十分な点があることは控訴人らが指摘するとおりであり、そのことと相俟ってその勧告が誠実に実施されないという事態が続くなど代償措置としての機能を果たさないときは、地方公務員はこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様の争議行為にでたとしても、憲法上例外的に許容されると解されるが(前記最高裁大法廷判決の岸、天野、団藤裁判官の補足意見参照)、後記認定の実際の運用実績に鑑みると、なお、代償措置としての相応の機能を果たしていると認められるところであり、この点に関する控訴人らの見解も採用できない。」
(二) 同三六頁五行目から六行目の全文(24頁2段26~28行目)を削除し、同三七頁四行目の「求めている」(24頁3段19~20行目)を「要望する趣旨」と改め、同行目の「条」(24頁3段20行目)から同六行目の「とは異なり」(24頁3段23行目)までを削除する。
(三) 同三七頁一二行目の冒頭(24頁3段30行目)から同三八頁一四行目末尾(24頁4段28行目)までを次のとおり改める。
「(三) 教職員の争議行為が地公法三七条一項で禁止する争議行為に当たらないとの主張について
控訴人らは、地公法三七条一項につき、同条項は憲法上特に禁止できる特定の公務員の特定の争議行為のみを対象とするもので、それ以外の公務員の争議行為は禁止の対象とはしていないとの限定解釈を施すべきであると主張するが、前記三の(一)に述べた判断内容及び五・二一判決の趣旨からして、同条項はすべての公務員の争議行為を一律に禁止したものと解釈すべきものであり、右主張の限定解釈をすべき余地がないものというべきである。
なお、控訴人らは、右主張の根拠のひとつとして教職員の職務の特殊性から、争議行為による一時的な授業の遅れも、各教員の必要な調整により回復可能であり、その争議行為が国民の生存権的利益や国民生活に重大な障害を招く虞れはないから、禁止の対象とすべきではない旨主張するのでこの点について、付言する。学校教育における教職員の職務が本来的に公共性が強いことは憲法二六条の規定に徴し明らかであり、専門的教職員による質のよい教育活動が安定的、継続的に行われることが、地方住民を含む国民全体の重大な利益にかかわることから、国及び地方公共団体は私立学校についてもその設置、認可など種々配慮をし、さらに一定範囲の学校についてはこれを公立学校とし、その教職員を公務員とし身分の保障をしているのであるから、これら公務員である教職員が争議行為をすることは、その職務の停廃をもたらし、公共性に反することは明らかである。
確かに、年間の授業計画には相当の柔軟性があるところから、争議行為による授業の一時的な遅れは、その後の努力によって回復可能であることはそのとおりかも知れないが、問題はそのこと自体より、異論があるにせよ、自らの主張を通すために児童、生徒に対する授業を怠業をすることによって児童、生徒ないし父兄の教職員に対する信頼感を失わせ、あるいは遵法精神の涵養、規律ある行動といった徳育面での指導において致命的な負担を負うことになる可能性があること、あるいは争議行為をめぐる管理者と組合員である教職員との軋轢が教育現場に露呈し、教育面でも右同様の負担を負いかねないことの方が影響が大きく無視し得ないものがあり、地方公務員である教職員に例外的に争議行為を許容すべきであるとの見解は採用できない。」
(四) 同三九頁一二行目の「二裁判官」(25頁1段20行目)を「岸、天野両裁判官」と、同行目の「四・二五判決」(25頁1段21行目)を「最高裁判所昭和四八年四月二五日大法廷判決(刑集二七巻四号五四七頁」と改める。
(五) 同四〇頁一〇行目の「第二三八号証」(25頁2段10行目の(証拠略))の次に「、第二五六ないし第二七六号証(第二六〇号証以外は原本の存在とも)、第二七八ないし第二八九号証(第二八八号証以外は原本の存在とも)」を加える。
二 よって、控訴人ら関係部分の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 川畑耕平 裁判官 簑田孝行)
<別紙第一>
控訴人 籔田保昭
外二二名
控訴人ら訴訟代理人弁護士 立木豊地
同 谷川宮太郎
同 高橋清一
同 林健一郎
同 吉田雄策
同 佐伯静治
同 尾山宏
同 石井将
同 新井章
同 雪入益見
同 森川金寿
同 戸田謙
同 芦田浩志
同 重松蕃
同 柳沼八郎
同 北野昭式
同 藤本正
同 深田和之
被控訴人 北九州市教育委員会
右代表者委員長 上原勇策
被控訴人訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎
同 俵正市
同 秋山昭八
被控訴人指定代理人 野﨑彌純
同 峯愼一
同 世取義裕
同 田所秀一
同 内田泰助
同 重冨忠晴